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2015.04.28 (Tue)

おのれが幸福であれかし

 家を出た時に目の前をすっと、普段は見かけない何かが横切っていきました。はっとして目で追いかけたら、それは電線の上で止まり……よくよく見ると、ツバメでした。
 春ですねぇ。
 ツバメというと、私はワイルドの『幸福な王子』を思い出します。黄金や宝石で飾られた王子の像が、ツバメを使って不幸な人々に自分の体の一部を届ける物語です。越冬の機会を失ったツバメは力尽き、自らを飾り立てていたものをすべて失った王子の像は溶かされてしまいます。
 自己犠牲。
 私たちはこの言葉が好きですよね。私の地元・印旛沼にも、干ばつから人々を救ったために竜王の怒りを買い、八つ裂きにされた竜の伝説が残っています。(切り裂かれた竜の体が落ちた場所には、それそれ龍角寺、龍腹寺、龍尾寺という寺があります。今でも)
 そういえば、年貢の取り立てが厳しすぎると将軍に直訴して、一家全員死罪となった佐倉惣五郎なんて人の伝説も、この辺りには残っていますね。
 自己犠牲。
 私はこの言葉、嫌いです。
 誰かの幸せのために、自分が犠牲になるなんて、そんなの絶対に意味がない。己の犠牲の上に誰かの幸せがあるのを、そしてそれを心穏やかに眺めていられるほどに、人間って完璧には出来ていないと思うのですよね。私だったら、幸せになった相手を妬み嫉み、恨むかもしれません。ましてや命を落としたとなっては死んでも死に切れず、成仏できずにジバニャン化する可能性も……私の器量が乏しすぎるのだ、と言われれば、まあ、それまでですが。
 逆に、私が誰かの犠牲と引き換えに幸福を受け取る側だったとしても、やはり、なんだか心にしこりが残ります。そしてその事実を時々思い出しては、どんよりとした靄の中に沈み込んでしまうに決まっているのです。

 まずは、自分を大切にしたい。

 もしもワイルドのツバメがエジプトに越冬し、健康な体で次の季節に戻ってきていたら、もっと多くの幸せを、その小さな翼で運ぶことができたかもしれません。やりすぎること、頑張りすぎることによって、無理をしなければ得られたであろう何かを失うことだってあるのだと、私は思うのです。
 ワイルド自身も、言っていますからね。

A thing is not necessarily true because a man dies for it.
命をかけるものが、「真実」とは言いきれまい
by Oscar Wilde          

 幸せになりましょう。
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