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2013.01.14 (Mon)

人に成る

 統計局の公表によれば、昨年は122万人が「おとな」の仲間入りを果たしたそうです。
 子供だった私は、成人した「おとな」はみんな、理性と分別と教養のある素晴らしい人間なのだと信じていましたし憧れてもいました。しかし、いざ自分が成人してみると、「おとな」というのはまあ大したことがないという事実に気付きます。孔子がいうところの「而立」の年齢はとうに過ぎ薹こそ立ちましたが、残念ながら立身の見込みはありません。このまま「不惑」の年齢に到達しても、今と変わらず当てどもない状態でいるに違いありません。
 精神的な成長は間違いなく十代のうちに止まりました。肉体的な成長も同じで、今はただただ老化していくのみです。殊に脳の老化は半端なく、小難しい問題にぶち当たると機能停止に陥ります。要するに「おとな」とは下り坂なのだ、と最近は半ば諦めの気持ちです。
 ところで、成人とは何者でしょうね。
 私が修めた学問の分野でそれらしく答えるなら、人が本来持つ「権利」のうち、年齢よる制限がすべて解除される状態が成人である、といういうのが答えかもしれません。
 飲酒をする権利、喫煙をする権利、投票する権利、または広く契約をする権利、それらは「人」であれば自分の裁量で自由に行使することのできる権利ですが、未だ人に成らざる者がそれらを行使することは許されていません。未成年者が飲酒や喫煙をすれば補導されますし、投票用紙はもらえません。勝手に取り交わした契約は親が取消すかもしれません。しかし、ひとたび人に成ればもはや誰からの干渉も受けません。
 飲みたければ酒を飲み、吸いたければ煙草を吸うことができます。自分の選んだ候補者にその票を投じることもできます。契約を行い、権利を得たり、債務を負うこともできます。それらはすべて自らの「意思」により選択することが可能になるのです。ただし、その選択には「責任」が伴うことも忘れてはいけません。
 飲みすぎて病気になったら元も子もないし、歩きたばこをして子供の目の高さで火をブラブラさせている人は阿呆です。投じる票はその先の自分たちの未来を決める貴重な一票です。相手を脅して無理やり行った契約は取り消されることもあるでしょう。
 選択すれば結果が伴い、その結果に対する「責任」を必ず負う。逃げたくなっても逃げない、重たい「責任」を背負ってそれでも二本足で踏ん張って立つ、それが真実の「おとな」なのだと私は思います。そういう意味で、私はまだまだ「おとな」の階段上り途中だなぁ。
 我ながら恥ずかしいことこの上ない。そしてこの階段、嗚呼、なんとも長いことですよ……。
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