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2010.03.20 (Sat)

金貨十枚

 戦国三大賢夫人という触れ書きで、戦国時代を生き抜いた三人の女性を描いたテレビ番組があったのだが、残念ながら最後の総括部分だけしか見ることができなくて、どこかで聞いた名前だった豊臣秀吉の「ねね」、前田利家の「まつ」は記憶の片隅に残ったものの、長らくもう一人の女性が誰だったのか謎だった。その後しばらくして、NHKで大河ドラマ『功名が辻』が放送されたのを見ながら、最後の一人はもしかしたら山内一豊の「千代」だったのかもしれない、と思い至っている。
 そういえば、高知城址で誰ともわからず馬を連れた女性の像を写真に納めた、たぶんあれが千代だったか、と思い出して写真を探しているうちに読みたい気分になってしまったので、最近になって司馬遼太郎の『功名が辻』を四巻まとめ買い、今ちょうど一巻、千代がへそくりの金貨十枚を夫の前に差し出して、一豊はその金貨で名馬を得て一気に名を上げたという(くだり)まで読み進めている。実際のところ、この金貨十枚の真偽は不明であるらしいが、そこは小説なのでいかにももっともらしく描かれている。
 安能務の『始皇帝』を読んだ時のふと思い出した。呂不韋(りょふい)という商人が、邯鄲(かんたん)(趙の首都)に人質として住んでいた秦の子楚(しそ)を知り、金銭的に難儀しているという話を聞いて「奇貨置くべし!」と閃いたというエピソード。いい儲け話だぞ、という天才的な閃き。呂不韋はその後子楚に資金的な援助を行い、さらには自分の子供を身ごもっていた女性まで差し上げてしまったというからすごい。子楚は子楚で、その資金のおかげで太子に選ばれ、秦王になって呂不韋を取り立てたので、呂不韋は名士になったという話。(呂不韋の子供は後の始皇帝になったとされているが、このあたりの真偽の程は千代の金貨十枚と同じく定かでない)
 金貨十枚の馬も、千代にとっては「奇貨」つまり必要な投資だったのだな、と『始皇帝』を思い出しながら思った次第。結果として名馬が夫のものになり、そのことが巷の評判になったことで、山内一豊の名が知れ渡ったという見返りがあった。
 支払ったものに対してその見返りがきちんと描ける人というのはすばらしいな。私はまだ自分に対して「ここぞ」という投資をしたことがない。自己啓発という言葉が先走る中で、何を伸ばしていきたいのか、どうなっていきたいのかも描けていない私は、自己投資の前に将来像を描くことから始めないといけないのだろう、が。
 司馬遼太郎が言うには、金貨三枚で、当時山内一豊が起居していた屋敷がひとつ建つそうだ。家三軒分の資金なんてもちろん手元にはないけれども、それくらいの痛みを伴う一世一代の大勝負にいつか私も打って出る時が……来る気配はなさそう、か。
EDIT  |  11:53  |  TB(0)  |  CM(1)  |  Top↑

Comment

自己投資

 NHKが放送していた「その時歴史が動いた」の自分バージョンですね。
 家三軒分の投資をする機会などありませんが、今思えば「あの時人生が動いた」と思うことはいくつかあります。
 しかし、それは自分の将来像を実現するなどという大それたものでなく、その時進むべきだと思った道を突き進んだだけですけどね(・・*)ゞ

 今は、自分への投資と言うよりも、子どもへの投資が中心です。
 自分の将来像を描き、それに向かって自己投資をし長所を延ばす。理想的ですが私には実現できそうもない世界です(^o^)
myth |  2010.03.22(Mon) 22:54 |  URL |  【コメント編集】

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