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2010.02.06 (Sat)

信仰の近い街

 岡山に向かう道中のこと。
 東海道新幹線を使うのは久しぶりだった。大学4年の春、京都でとある会社の最終面接があったので使ったのが最後。けれどもあの当時は内定がなかなかもらえなくて気分も落ち込み気味。とてもではないけれども京都見物をする余裕はなく千葉に戻った。
 そういえば、京都に降り立って京都を観光したのは中学校と高校の修学旅行だけだったな。しかも中学生の私も高校生の私も、「古いもの」に大して価値を感じない年頃だったので、京都を観光してもただ「見ただけ」。本当の意味で京都の良さに触れ、歴史を感じたわけではない。27歳になった今、伝統に対してひとつの畏敬を感じられるようになった今、再び京都を訪れればきっと昔とは違う「何か」に出会える気がするものの、この頃出不精な私は思いたっても吉日とはいかない日々。
 だから、京都駅から五重塔が見えるということも知らず、街並みの中にひょっこりと顔を出している五重塔が窓の外に映った時は、一瞬心がざわつくほど感激を覚えてじっと目を凝らしたのを思い出す。
 徳川家光が寄進したという東寺の五重塔は、京都そのものを象徴するかのように威厳をもって屋根の上にせり立っている。
 寺社に囲まれる京都は信仰の近さを感じることのできる街でもある。私の生まれ育った土地とは大違い。
 これほどたくさんの寺社に囲まれ、神サマや仏サマに見守られている街はないのではないかなと思う。それは、多くの人々が事に当たって願い祈ってきた歴史の足跡でもあるわけだ。
 先日、2年ぶりに会った高校時代の友人と語り合い、27歳は何に付けても中途半端な年代だなんて話を聞いた。確かにそう思う。若くもなく成熟したわけでもない27歳。10代の私は、27歳はもっと大人で立派な年代だと勝手に思っていたけれど、実際の27歳はそう大人でもない。けれども、きっと今の私が30代に憧れるような30代に私自身はならないのではないかと思う。
 いつの時代もいつの年代でも成長しきれない自分と向き合って悩んで生きている。そういう時、心のよすがに信仰というものは必要なのだろう。無宗教な人間なのでどの神サマを信じているとか、どの戒律に従っているとかそういうことはない。けれども神サマの存在は割りと信じている。
 そして、それはきっと一人一人の心の中にいて奇跡を起こしてくれる「勇気」なのだ。
 今回は京都には降りない。岡山に向かう。でも次に京都に降り立つときは、自分発見と洒落込んで神仏の慈悲に触れに行くのも、悪くないかもしれない。
EDIT  |  19:03  |  TB(0)  |  CM(7)  |  Top↑

Comment

信じる心

 京都・奈良は、中学の修学旅行で行ったきり、夜友達と騒いだのは微かに憶えていますが、昼の見学は全く憶えていません。

 平安時代というと、陰陽師安部清明を思い出しますが、あの時代には確かに物の怪がいたのでしょう。
 それは、その時代の人々が物の怪や呪詛を信じていたから、存在したのであって、信じる者がいない現在には存在しません。
 自然への畏怖こそが、人間がもっとも恐ろしい物だったのでしょう。

 信仰も同様に、恐竜が栄えた時代に今の神は存在せず、人類が登場して始めて神も存在を得たのだと思います。
 神は天にいるのではなく、一人一人の心の中に存在するのでしょう。
「信ずる者は幸せである」それが肝心なのでしょうね。
myth |  2010.02.07(Sun) 12:12 |  URL |  【コメント編集】

ただ単に

何度も京都には行っていますが、ただ遊びに
行っていただけかもしれない。
何となく八坂さんに行ってみたり、ふらっと
桜を見に行ったり、タムさんのように
ちゃんと歴史に触れた事がないかもしれません。。。

そして、27才は中途半端ですか?
女は30才から、今が磨き時だわ!
なんて言っていた自分を思い出しました。
何をしていたかなぁ。英語の学校に通って
テストや予習復習に追われていただけかも。
でも、今からよ!
ひよこまま |  2010.02.09(Tue) 08:10 |  URL |  【コメント編集】

こんにちわ~!! たぶん私は沢山食べるので、コンビに向きではないんでしょうね~~!!
 これからもブログ楽しみにしてます~~~!!
sniper |  2010.02.09(Tue) 10:25 |  URL |  【コメント編集】

こんばんは♪

ようやくPCサイトからお邪魔してもフリーズしなくなりました(ほっ)

私は28歳の誕生日に某ピアノ講師認定試験を受験してその後16年間教えてきて退任しました。
確かに変わり目だったし、沢山の思い出出来ましたよ。でもこうして40代後半になっても、いまだにちっとも“大人”な感覚からは遠いし、もしかして生涯“子供”で終わっちゃうのカモ?と、思うほど成長の実感は無いままです。
私にはよっぽどタムさんの方が感性的にも大人で憧れてますよ♪
仏教の修行経験も23年程ありますが、それでも手につかみきれた、といった感覚は無く、それでいてまた、振り返れば素敵な経験、体験でした。

京都では私のお気に入りは“詩仙堂”。
とても落ち着いて、初めて出かけた高校の修学旅行での訪問以来のお気に入りです(^^)
信仰から離れて今思うことは、何か、ではなくて、自分の中への掘り下げにより、全てと一体になれる、全てを得られる、というモードです。
神、仏さえも我が身そのものです。
タムさんのように心を常に見つめていらっしゃる方にはもう得られているあたり前のお友達でしょうね。
私は本当にタムさんの感性が大好きです。
これからも楽しませて下さいね(^.^)/~~~
(∂∇∂) |  2010.02.09(Tue) 20:55 |  URL |  【コメント編集】

深いですね

タムさんより何年か先に生まれ、お先に30代を生きる者として、
今回の記事に思うところがありました。

いくつになっても、
ひとつ問題が解決したと思えば、また、新たな壁が立ちはだかり、
不安の種が芽を吹くといったことの繰り返しのような気がします。

ただ、少し違うことといえば、
年とともに、良くも悪くも、経験が積み重なることによって、
幾分かは、苦難を乗り越える知恵がついてくることが救いになるように思います。
神の存在を信ずることによって、心が救われるというのも、
ごく自然なことのように思います。

人間の創造を超えた大きな抗いようのない力によって動かされていると思えば、
言い方を悪くすれば、神サマのせいにしてしまえば、
必要以上に自分を責めずにやり過ごせることもあるかなぁと、
今、そんなことを思っています。

説教臭くてごめんなさい。

こうして、書き込みさせてもらうことで、
私自身心が楽になりました。
気づきの記事をありがとう。






ふく |  2010.02.12(Fri) 21:14 |  URL |  【コメント編集】

幼い頃思い描いていた20代って、
とぉっても大人な感じしてましたけど、実際なってみると。。。
って私も思ぃます(;´∀`)
でもでも、ブログを読ませて頂く限り、
タムサマはとっても博学で落ち着いた大人な女性のイメージですっ☆★
私も京都に行きたくなってきました♪
(アホコメントでごめんなさぃ笑)
まりまり |  2010.02.13(Sat) 01:53 |  URL |  【コメント編集】

京都はまってくれています

お久しぶりです。
「京都」のトピックだったので、大学の頃に住んでいた自分は食いついてしまいました。タムさんの日記を読んで、そんな思いの詰まった京都で自分は何をしていたか、京都の良さというものを当たり前に享受しすぎて、離れた今だからこそわかるあの土地の魅力というものを、感じることがあります。
自分は変わっていっても、京都は変わらず待っていてくれる・・そう思って、次に訪れるときを楽しみにがんばろうと。
大学に合格した際に東京か京都か、迷いましたが、京都を選択したことがよかったのかなと、働き出して感じます。恐らく今後京都には仕事で住めない、だからこそ何か違った形で関わりたい、故郷とはまた違った特別な場所です。

長々すみません。ぜひタムさんの京都行きが実現しますよーに☆
おっはー |  2010.02.21(Sun) 23:16 |  URL |  【コメント編集】

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