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2012.12.09 (Sun)

ブルーライト

 横浜のことでも、この頃流行りの眼鏡のことでもありません。自殺防止に効果があるということで、近年駅のホームに設置された始めた青い電灯のことです。かなり効果があるそうなのですよ。見たこと、あるでしょうか?
 私は先日初めてその青い光とやらを拝みました。ちょうどホームの両側に。飛び降りてしまう人はホームの端っこにいく傾向があると、そんな記事を昔読んだことをふと思い出しましたが、それを裏付けるかのように前と後ろに取りつけられていましたね。
 しかしこれ、本当に効果があるのでしょうか。私、どうにも納得ができません。
 というのも、その青い光は、普通の蛍光灯の白い光より一段暗いのです。ホームのコンクリートまで青く照らされている光景の中、闇がよりいっそう引き立つようで、正直私はあれ、怖いと感じました。怖いというよりは近寄りがたい感じです。もしも、もしもあの光の下に立ってふと横を見たら、この世の者ではない何かが隣に立っていた、なんて、そんなことが起きても不思議ではないほど、妖しい雰囲気が漂っていました。怖いです。私には怖いです。
 けれども、効果があるらしいのですよね。不思議です。
 まあ、私にはちょっと不気味な代物ですが、本当に効果があるのであれば積極的に導入していってもらいたい、とは思います。
 ただ、青い光ですから、もしかして目には悪いのかもしれません。ということは、やはりこの頃流行りの眼鏡をするべきかもしれませんね。……いや、そんなことをしたら効果が半減?
 ……いやはやそんなことを考えてる私は、たぶん自殺なんてしますまいて。
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2012.12.14 (Fri)

進歩する言葉

 割愛。
 最近、身近でなぜかこの言葉をよく耳にします。世間はこの言葉を単なる「省略」の意味で使用しているように思いますし、実際自分もそういう意味で捉えてきたような気もします。しかし、「愛を割る」と書いて「省略」を意味するというのがどうにも引っかかりましてね、大辞泉で検索してみました。そうしたら、そこには「1 惜しいと思うものを、思いきって捨てたり、手放したりすること。2 愛着の気持ちを断ち切ること。恩愛や煩悩を捨て去ること。」と書かれているではありませんか。
 つまり、省略することを惜しむ気持ちがなければ「割愛」という世界は成り立たないわけです。ビジネスの、それもプレゼンテーションの場で濫用されることの多いこの言葉。おそらく、多くのケースで間違った使われ方をしているように思います。
 用法がおかしいといえば、「煮詰まる」という言葉もそう。小豆を砂糖と一緒に煮詰めれば美味しい餡が出来上がります。つまり、本来「煮詰まる」とは完成に近づくことを意味するのですが、なぜかこの言葉はその逆の意味で用いられていることが多い。それは、あたかも「
A rolling stone gathers no moss.(転がる石は苔をつけない)」という諺が、イギリスでは「仕事が長く続かず転職ばかりする人は大成しない」という意味で使われるのに対して、アメリカでは「転職する力のない人間は大成しない」という意味で用いられるのに似ていて、「問題が煮詰まった」先に素晴らしい解決策が待っているのか、紛糾して迷宮入りしたのか、という捉え方の違いなのかもしれません。
 それに、言葉は日々進化していくもの。
 昔は「消息」は手紙のことだったし、「年頃」は年配のことでした。私が小学生の頃は、「全然大丈夫」というように「全然」の後に肯定の言葉を続ける用法に違和感を覚える大人が多かったようですが、最近ではそれも市民権を得てきたように思います。日々進化する言葉に対してその乱れを賢しげに指摘するのは、無意味かつ無駄というものでしょう。それでも、言葉の正しい意味、本来の意味を知らないというのは別の意味で恥というもの。私たちは言葉の成り立ちを理解し、新しい用法を柔軟に取り入れて、日々、進歩していかなければ。
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2012.12.23 (Sun)

クリスマス

 クリスマスは、イエスの誕生日。子供の頃、そのように教わって育ったのに、大人になってから本当は単なる「降誕を記念する日」にすぎないのだと知らされる。イエスの本当の誕生日は、今もって謎のまま。
 もともとローマ帝国ではその日を堺に日が長くなるということから、冬至に近い
1225日を太陽神の祝日と定めていたのだそうです。しかし、キリスト教が次第に勢力を拡大し国教となる中、既存の宗教との摩擦を生むことなくキリスト教を浸透させる手段として、時の皇帝がこの日を「太陽神」の誕生記念から「神」の誕生記念にすり替えてしまった。クリスマスというのは割りかし政治的な記念日なのですね。
 とはいえ、日本のクリスマスに宗教色はほとんどなくて、単なる陽気なお祭りという感じ。子供たちはサンタクロースからプレゼントをもらい、恋人たちは素敵な夜を過ごし、私はクリスマスケーキにかぶりつく。街中に溢れるイルミネーションと陽気な音楽に心が躍ります。
 今年のクリスマスケーキはシーキューブのショートケーキ。我が家では一足早く
22日にいただきました。美味しくって幸せです。
 皆様、素敵なクリスマスをお過ごしくださいね。もしかしたら、ホワイトクリスマスになるかもしれませんよ!
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2012.12.29 (Sat)

蛇のごとく

 イヴに知恵の実を食べさせた蛇は、神の怒りを受けて「腹で這い歩き、塵を食べる」姿に変えられてしまいました。旧約聖書の世界で蛇は最も呪われた生き物とされています。
 ところが、他の多くの世界で蛇は神の使いであり、あるいは神そのものとして崇められてきました。強い生命力をもち、また脱皮を繰り返して成長する蛇を、世界の多くは「再生」や「不老不死」の象徴として崇拝してきたのです。
 たとえば錬金術のシンボルとしても有名な「ウロボロス」は自らの尾を銜えて輪になった蛇ですが、その姿によって「始まりも終わりもない完全なもの」、「連続性」などを象徴しています。このウロボロスの象徴は今でも多くのファンがいるようで、私が愛してやまないロバート・ジョーダンの『時の車輪』の中でも、アエズ・セダーイと呼ばれる魔女集団がウロボロスの指輪をはめていたのを思い出します。蛇足ですが。
 古代インドでは、世界は
4頭の象が支え、その象を巨大な亀が支え、亀はさらに巨大な蛇の上に乗り、蛇は自らの尾を銜えて世界を取り巻いていると考えられていました。
 古代マヤの世界にはククルカンと呼ばれる神がいて、その名は「羽毛を持つ蛇」を意味しています。世界を創造し、マヤの人々を導く最も偉大な神の名です。
 では、日本はというと、やはり同じように蛇は神と結びつく存在です。縁起が良いともてはやされる岩国の白蛇も有名ですし、群馬県の赤城神社のように蛇を主祭神とする神社もありますね。水の神である弁天が蛇と結びついた例もあります。ちょっと調べたところ、鏡餅や注連縄のルーツは蛇なのだという説もあるようです。
 ……とまあ話が塒を巻くようにぐずぐずしてしまいましたが、蛇というのはつまり神聖で、我々の身近な存在で、そして可愛い奴なのですよ。もう本当に可愛い奴なのです。大事なところなので重ねて書きます。可愛いのです。
 あの円らな瞳と、離れてチョンチョンと付いてる鼻の穴、そしてチョロチョロと出てくるペラッペラの舌。爬虫類にしかないあの可愛さ、たまりません。これまた蛇足ですが。
 なお、
2013年の干支は「(みずのと)巳」とのこと。ウィキペディアによると、「葵」は陰の水、「巳」は陰の火ということで、「相剋(水剋火)」の年となるそう。何か大きな問題が起こって火を吹いても水の力で鎮まる、と、受け止めていいのでしょうか。そのように受け取ることとしましょうか。何しろ私にとって2013年は前厄の年になります。降りかかる火の粉を払いのけて、蛇のようにしぶとく耐え抜いて……いきたいものです。

 さて、挨拶が遅くなりましたが、本年もたくさんの方にご迷惑をおかけし、またお世話になって一年を過ごしてまいりました。この場を借りて御礼申し上げます。そしてまた、新しい年でもどうぞ私を忘れないで引き続き構ってやってくださいませ。
 皆様にとって、来たる
2013年が素晴らしい一年となりますように。
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