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2010.04.03 (Sat)

憧れ

 どうでもいい話。私は路面電車に乗ったことがない。
 最初に路面電車を目の当たりにして「乗りたい!」と騒いだのは保育園に通っていた頃、帰省がてらに立ち寄った長崎で路面電車が走っているのを見た時だ。初めて列車が道路を走っているのを見てびっくりした。もちろん願いかなわず今に至る。
 次に路面電車を見かけてのは数十年後の熊本。これも心の底でざわつく衝動があったものの、車で来ているのに路面電車に乗る必要性がどこにもなく乗れなかった。
 最後がこの高知。
 高知駅から高知城に向かう道中何度も路面電車に追い越されて、ああ、乗りたいな、乗りたいな、とひたすら思ったものの、結局乗れなかった。なにしろ同伴者ともどもの財布の紐が固かったもので。たぶん一人旅だったら乗っていただろう。
 なので、私にとって路面電車に乗るというのはひとつの夢でもあるわけです。
 こんなことを言うと、都電荒川線にでも乗りに行ったらいい、と逆に言われてしまいそうだけど、いえいえそうではなく、旅情の一場面として私は路面電車に乗ってみたいわけで、敢えて路面電車に乗るために出かけるのは本末転倒、なわけなのですよ。とはいえ、実を言うと、先日江ノ電に乗った際に若干路面を走ったのだが、これはどうしても「路面電車に乗った」という経験としてカウントしたくない。はやり、「路面電車に乗ったぞ!」と気持ちの上ですっきりできるような乗り方をしてみたいのだ。
 ただ、まあ、当分は乗れないかな。そういう場所に行く予定がしばらくはないので。
 だからこそ、あの時高知で路面電車に乗らなかったことを後悔している。今更言っても後の祭りとはいえ。
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2010.04.10 (Sat)

鯨の背中

 沖合いにいた小さな鯨。
 なんという種類だったのかは今や忘れてしまったが、人間の小船がエンジン音を響かせて近づいても動じず、悠然と泳ぎ去っていった。空を飛ぶもの、大地を駆けるもの、海原を渡るもの、一見優雅そうに見えても自然の中で生きるということは危険と隣り合わせの生き方だ。だからこの小さな鯨を羨ましいとは思わない。けれども美しいとは思う。
 地球という箱の中で、互いに影響し合い調和して生きているから。
 多様なものが多様な生き方をし、それでいて全体で一つの均衡を保っていることが素晴らしい。小さな鯨の背中には、人もまたその一部なのだという沈黙のメッセージが込められているように見えた。
 宮崎駿の『風の谷のナウシカ』は人と自然との調和をテーマとした作品だが、映画化されたもの以上に漫画版は重く切ない。汚染された大地を浄化するために人の手で「腐海」を生み出したが、同時に腐海のほとりで生きられるよう人類さえ作り変えられてしまった。だから、浄化された大地の上で今の人類は生きることができない。やがて終わる大地の浄化と共に滅びゆく種でありながら、それでも人は戦争をやめない。そういうテーマの作品だ。
 そういえば、私が好きだったロバート・ジョーダンの『時の車輪』も、世界の崩壊を前にしながらも、己の利権のために争う人々を描いていた。人は結局そういう存在で、生きるために争わなければ種としての存在価値を見失うのではないだろうかと思う瞬間もある。

 ナウシカの言葉を借りるなら、この地上の命は「生まれ、ひびきあい、消えていく」もの。だからこそ、その瞬間を懸命に生きるように宿命づけられている。本来生きる姿は美しいものだ。
 懸命に生きれば生きるほど、その命は周囲に大きく共鳴し、最終的に均衡する。この調和の上にあるから、私たちは優雅に自由な時間を享有するのだと、この鯨の背中は語っていた。
 私たち人は、今、どれだけの音色を世界と共に響かせ合っているだろうか。
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2010.04.17 (Sat)

話し方

 前職の先輩が、今私の勤めている先に中途採用の面接に来た。一応は同じ職場で働いていたので、面接に当たって上司からその人がどういう人物なのかということを聞かれて、「良い人です」と答えた。
 私が入社したての頃には次世代システムの導入を推進するプロジェクトチームのメンバーに抜擢され、食事の席などではよく「この会社の次の時代を担っていってもらう予定なのだ」などと当時の上司が言っていたもので私もよく覚えている。だからこそその通りのことをそのまま今の上司に伝えたのだが、結局面接があまりにも拙すぎていけなかったようだ。
 私の妹は3月の終わりに、面接が苦手だから一次面接も通過できないと言ってくよくよとしていた。これまでのことばかり悔やんでいて、これからのことを考えないでどうするつもりなのかと母や私から窘められてよほど悔しかったのだろう。不満を訴えたその日は終日めそめそと泣いていた。次の日から表面上はけろりとしていたが。
 姉妹だから性格なんて違うようでいて同じようなもの。私も人と話すことはとても苦手で、新卒の採用面接は散々な敗北の積み重ねだった。6年前の3月といえば、知り合いの半数は最低でも1社は内定を確保していて余裕の就職活動をしていたが、私は最終面接までに辿りつけもせず、そろそろ球も尽きようかという時期。ただ、本気で焦ったのは4月の終わりになっても内定が1つもなかった時点からで、この時期は、それでも就職に望みを繋ぐか、一念発起して公務員を目指すか、それとも法科大学院を目指すか、という人生最大の岐路に立たされる羽目に陥った。
 実を言うと、私も妹と同じように「人と話すことはどうも苦手でだめだ。今は法律に埋もれている方が私には向いているのではないだろうか」と思いこみ、唯一面接が残っていた1社を最後に法科大学院を目指そうと一大決心をしたものだ。まったくの自信はなかったので、当時の私自身それが逃避であることを痛いほど意識していた。それでも決めたからには後戻りはできない、参考書を買いこんで連日図書館に引きこもる生活を送りながら最後の面接に臨んだ。
 それがかえって良かったのかもしれない。結局その会社から内定をいただいた。
 その後転職をして今に至っているが、今でも面接の良し悪しはわからない。公式な場であれ私生活であれ、喋ることは私にとって苦痛、黙って聞いている方が好きだ。でもそれではどうあっても面接は通らないし、人間関係も上手く築いていけないんだよねぇ。
 困った。
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2010.04.24 (Sat)

新入社員

 まだまだ若いつもりでいる。けれども、毎年春になると新入社員を迎え、その分だけ年を重ねていく自分を思うと、もはや若いつもりでいてはいけないのではないかと反省してしまう。「若い」というのは、一つの甘えだ。出来ないことを若さや経験の少なさのせいにできる時期は終わりになりつつあると痛感しているこの頃なのだが、日頃の怠慢癖が災いして自己啓発に励むのが難しい。すぐに萎えてしまう。
 そんな自分に比べると、新入社員というのは輝きが違う。
 知らないこと、出来ないことがどんなに多くても、果敢に挑戦していける可能性がある。私にだってあるはずなのにね、とひねくれたくもなる。
 それはそうと、この時期になると「今年の新入社員の傾向」を分析する記事が目に留まる。書かれている内容は新入社員そのものの傾向というよりは、その時代の世相をただ新入社員に反映しただけで、時代にかこつけて分析される新入社員も可哀そうだなあと感じる。

 さて、私の今の部署には新入社員が配属されることはないので、かれこれ3年ほど新入社員教育から遠ざかっているのだが、会社自体には新しい人が入る。今年もふたり、新入社員がやってきた。
 噂によると、そのうちのひとりは、すさまじいらしい。
 入社初日、2年目の社員にお昼を奢ってもらうことになって臆面もなく三千円近い値段のステーキを注文したということから始まり(もう一人はしおらしく千円台のランチを注文したようだ)、各部署への挨拶回りのときには何とも不遜な態度で少なくともそれを見た女性社員からは大顰蹙を買ったようだ、かなりの噂になっていた(女性を敵にすると怖いぞー!)。挨拶回りの時に席を外していたので、私はまだその新入社員を見ていない。一体どんな新人なのだろうと興味は高まるばかり。(私も生意気な新人だったからあまり言えた立場ではないけれど)
 そんな新入社員でも一年も経てばそれなりに立派になっていくのだから不思議なものである。翻って見ると私自身もそれなりに成長しないとならん、ということでもあるのだが……。
 今年で社会人6年目の私、今の会社で働き始めて3年と半分。まだまだ自分を磨いていかなければいけない歳だ。
 もっと大人にならなければ!
 と、毎年この季節になると思うのである。
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