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2010.01.02 (Sat)

鞄と靴

 何事につけてもズボラな私。決して金銭面で「ケチ」というわけでもないと思うし、節約を心がけているわけでもない。証拠に貯金は微々たるもの、大体において余計なものを購入して預金残高は減っていく。昨年はディスクトップパソコン、ベッドとそのマットレスの買い替えに加えて、モバイルパソコンも衝動買いしたし、結婚祝いも景気よく出費。ほかにも色々とこまごまと買って無駄にすることが多く、控えたのは飲み会くらいかしら。これは単にお酒で蕁麻疹が出るようになってしまったので飲めなくなってしまったというだけの話だけど……。
 そのくせ必要なものや身だしなみ程度に買い足しておくべきものは買わない。アクセサリーは一切持っていない。洋服代はほとんどかからないし、鞄と靴も滅多に買わない。決して「ケチ」だから買わないというわけではなく、身につけるものに全くと言っていいほど食指が動かないので、買い物に出ても衣類は素通りしてしまい、家電量販店や雑貨店で余分なものばかり購入して部屋をますます狭く汚くしてしまうというわけです。
 そのせいか、親からついに「靴くらい買い替えて、バッグはそろそろ新しいものにした方がいい」なんて言われてしまった。確かに、靴も鞄も夏と冬とでとっかえひっかえして使っていて、特に今使っている冬用の鞄と靴は私自身も替え時だとは思っているけれど、かといってなかなか欲しいのものにも巡り合えず、何事につけてもズボラな性格なので「今のでも十分使えるし、ま、いっかな」となってしまう。タイミングが難しい。
 とはいえ、靴と鞄は私の求める基準を大抵が満たしてくれていないのも悪いのですよ。
 左右で足の大きさが違う私は、そもそもとしてサイズの合う靴を見つけることができない。シューズだったら大きめを履いていればなんとかなるものの、パンプスはそうもいかない。小さい方に合わせれば大きい方の足が痛くなるし、大きい方に合わせて小さい方に中敷きを入れると、今度は中敷きを入れた方がきつくなってしまったりする。それでも無理していたら外反母趾になってしまったのか、親指の付け根が痛むようになってしまった。
 鞄は、「持って行かないと不安になる症候群」の私としては第一に大きさが大事。財布、折り畳み傘、本に電子辞書、お弁当が余裕で入る大きさでないとダメ。「だらしない女」の代表としては、鞄の中身を落としてしまったりしないように鞄の口はしっかりとファスナーで閉じられるタイプがいい。そして、色々と持ち歩くので鞄そのものはより軽いものが良く、ショルダータイプを求める割には肩凝りがひどいので肩にぐぐっと食い込むような細いのはダメとくる。当たり前だけど条件に合う商品にはなかなかお目にかかれない。
 だからこそフィットする商品を見つけると、嬉しくてボロボロになっても使い続けてしまうのだなぁ……。
 ま、次に良いものが見つかるまでは、まだまだボロ靴鞄でしのぐ予定、なのでありますよ。
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2010.01.09 (Sat)

待つ恋

 去年の年の瀬に会社の納会があり、「プライベートはどうなっているのだ」と社長にいきなり言われて、すかさず「何にもありません」と答えたら、呆れたように「寂しい奴だな」と返されてしまった。
 新年早々高校のクラス会があって、10年ぶりに再開した知己どうしで、
「結婚しているの?」「まだしていないよ」
「恋人は?」「募集中」
などと明かし合って寂しさを打ち消し合ってみたものの、実際はまだ寂しさを実感しないのが本音。すでに子供がいても不思議ではない年齢で、玩具店で子供用の玩具を物色しても違和感がなく、本屋で子供用の絵本を読み漁っていても恥ずかしくないことに気付きつつあるのだが、それはそれ、これはこれ。
 独りですとも。どうにも結婚できる気がしない。
 それでも、結婚できるできないに関係なく人は「恋」をするものだとは思っている。けれども、新年の挨拶メールで知り合いから「最近どう? 恋路の方とか」と尋ねられて「見事になんにもない」と返したのは私。人は「恋」をするものだと思っていたのに、振り返ってみれば私は最近、人に対して恋そのものさえしていないな、と思った。

 受け身の恋をすることが多い。
 気になる人がいても、自分からは話しかけられない。電話番号やメールアドレスを交換できるようになっても、自分から電話をかけたりメールを送ったりなんて絶対にできない。お誘いを受ければ舞い上がって喜ぶし、何日も連絡がなければその分だけヤキモキして過ごす。けれども、自分から誘ったりはしないし、連絡してみようともしない。そういうことはできない。ただ、じっと待つ恋をする。受け身の恋って、実は成就しない恋だったりするのではないかしら? 積極的ではなかったことに終わってから後悔することも多いけど、でもそれが私の恋し方。
 この頃は何につけても「結婚」の二文字が付いて回る。だから恋が芽生えそうになると、はっと我に返って「この人と結婚? いや、それはない」と否定にかかってしまう。高校に行くことも大学生になることも、そして働くことも漠然と描いてきたのに、結婚することだけは漠然とさえ描けない。それでも周囲で結婚ラッシュが始まって、焦りがないと言えば嘘になる。結婚したいのか、本当はそれさえわかっていないくせに。
 ただ、結婚を度外視すれば「恋」ができるのかというと、そうでもないのだろう。お付き合いする人も結婚を意識するような年齢になってきてしまったし……肩肘張らない恋がしたいものだ。
 そうは言っても実は、待てばそのうち恋もするだろうなんて楽観的な気もしている。
 恋は意識してするものではないから、気長に待つとしますか、ね。
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2010.01.16 (Sat)

それでもめげない

 大学を卒業して以来初めて、学生時代に講義で取りあげられた「ADR」という単語を耳にした。「ADR」とは「裁判外紛争解決手続」のことで、裁判所を介さずに行われる私的な法解決のこと。要するに何か法的な解決を必要としていてもお金や時間をかけられないような場合に、裁判所以外の第三者を通じて勘弁な解決を図ろうとする手段のことをいって、消費者トラブルなどでは国民生活センターが第三者機関として機能している。今回耳にしたのは「ADR」は「ADR」でも「事業再生ADR」で企業債務の私的整理。私が数年前まで勤めていた会社がこの「事業再生ADR」を申請したということで新聞に掲載され、改めて現在の不況をしみじみと思った。
 信販会社に勤めていた。クレジットカードの物販の分野で躍進しようともがきつつ、実際のところはカードに付帯した融資枠で利益を得ているような会社だった。それでも当時はテレビCMでもひっきりなしに融資のCMが流れていたりして個人ローン自体流行っていたので、収益もトントンというところ。そういう中で「過払い金返還」ブームが始まり会社の業績は右肩下がり、リーマン・ショックを引き金に「事業再生ADR」の申請という結論に至ったのだろう。
 思えば、私が最後に携わった案件のひとつが過払い金返還請求を受けた債権を管理するシステムの構築だった。営業的に躍進していくための投資ではなく、儲からない仕組みを作るための投資という皮肉な状態で、この先大丈夫なのかな、ということを心の片隅に押し込めて退職したのを覚えている。まあ、平社員の私が心配することではないけれど。
 そんな形で、以前の同僚から来る新年の挨拶は「退職しました」から「退職まであと幾日です」に加え、「留まることになりました」という不思議な挨拶ばかり。それでもみんな、愚痴は言ってもめげていないところが「らしい」ところで逞しいと思う。あの会社の社風というよりは、私たちの世代は比較的楽観的なのだろうと思う。
 新卒の採用面接の時代だって就職氷河期だったから、何十社と面接に行っても内定なんてほとんどもらえなかったし。今の不況があの当時より深刻だとしても、「次がある」精神でやっていればそのうち「何とかなる」のだろうと信じられる。
 何年も経って振り返ってみれば、「あの時あの経験がなかったら」ときっと思えるはずだ。そして、そう思えるように「今」を頑張ろう。新年の挨拶は、そう互いに励まし合って締めくくった。
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2010.01.20 (Wed)

叶匠壽庵に夢中

 少し前まで、シュガーシャックのミルクロールに夢中だったのだが、最近はこれに加えて叶匠壽庵の和ロールに夢中になっている。シュガーシャックは洋風なロールケーキ。しっとりふんわりスポンジにミルクの風味豊かなクリームが抜群によく合う。ミルクロールはシュガーシャックで作られるどの菓子よりも美味しい。メイプルロールもあるがミルクの方が美味しい。東船橋に店舗を構える地元密着型のケーキ屋だが、いつか全国展開してくれるといいなと密かに思っているくらい、好き。
 叶匠壽庵はもともとは和菓子のお店。すでに全国展開しているので何を今更と思われるかもしれないが、今更知って今更夢中になっている。
 和ロールは常時3種類。うち、1本は和三盆を使った小麦粉のロールケーキでいつ行っても置いてある。のでレギュラーメニューだと勝手に思っている。残り2本は米粉を使ったロールケーキで、いつ行ってもあるのでこれまたレギュラーメニューだと勝手に思っている栗ロールと、季節のロールケーキ。今まで苺と抹茶、お茶のロールケーキをみかけた。どれも食べて美味しかったのだが、殊のほか私が夢中になっているのは栗ロール。米粉のしっとりしたスポンジに挟まった栗は特大、クリームは和風のテイストで素晴らしく美味しい。
 割とどこにでもあるので、まだ食べていない人は、近くの叶匠壽庵を探して是非、食べてみてください!
 その他、「あも」という和菓子がおススメかな。お餅を餡でくるんで棒状にしたものだが、このつぶ餡がこれまた美味しいのですよ。
EDIT  |  18:16  |  TB(0)  |  CM(5)  |  Top↑

2010.01.30 (Sat)

暗がりの待合所

 今でこそ東京駅の「銀の鈴」はグランスタの活気が流れ込む待ち合わせ場所になっているが、改装工事が終わるまでは違った。ほの暗いシートに覆われて地下の空気が漂う空間の中、待ち合わせる人々もどこか影を背負っているようにさえ見えた。
 私自身の気分が落ち込み気味だったから、世界も薄暗く映っただけだったのだろう。
 前日、仕事が立て込んでしまって自宅の扉を開けたの時には日付が変わっていた。四国を旅行すると前々から決まっていたのに、準備は何一つできていない。一泊の旅行なら準備なんてしなくとも何とでもなるが、今回は三泊もする。6月の日差しはすでに厳しく、着たきり雀ではかいた汗の始末に戸惑う。
 11時の待ち合わせに、友人はまだ来ない。デジタルカメラに挿入する容量が大きい方のメモリーカードを忘れてしまったとかで、東京駅に向かう途中で引き返してしまった。いつ来るのかはまるでわからない。
 私自身は取るものもとりあえず出てきたのだが……。
 待ち合わせ場所は新幹線の改札前だったが、人でごった返していて腰を下ろす場所が見つからなかった。このところ睡眠が2時間程度しかとれなくて、立ったままいつ来るとも知れない友人を待ち続けるのも辛い。座れる場所を探して見つけ出したのが、銀の鈴だった。空間の空気を反映してか、待つ人々は物静かで落ち着いている。
 今の私は東京駅を最寄り駅としているけれども、未だに改札の中でさえよくわかっていない。ついこの間も、初めて通る通路で初めて見る店舗に行き当たった。改札を出るとますますわからない。
 東京駅に降り立つ人々の中で、一体どれだけの人が駅を熟知しているのだろう。さも当然のように銀の鈴で時間を潰している人々の大半も、そうに違いない。
 ビジネススーツに鞄ひとつだけの男性はこれからどこかの商談に行くのだろう。せいぜい遠くまで行ったとしても日帰りの距離。大きなキャリーバッグに巨大なショルダーバッグを持った女性は成田に向かい、せいぜいが1、2泊程度の荷物を抱える夫婦はこれから新幹線にでも乗るのだろう、私と同じだ。鞄も持たない身軽な格好の若者たちは周辺で時間を潰すのだろう。私自身はどのように映っているのだろうかと漠然と考えているうちに、立て続けにくしゃみをし、どうやら風邪をひいたらしいことに気が付いた。
 旅行前に風邪なんてテンション下がるなぁ。
 薬局なんてこの辺りにあっただろうか。
 新宿駅の中に薬局があった覚えはある。東京駅はどうなのだろう。しかし、さっき歩きまわったときには薬が売っていそうな場所はどこにもなかったような気がする。改札を出て探すにもこの辺りは不案内だし……と逡巡しているうちにどうでもよくなって、結局ぼうっと暗がりの中。
 私が周囲を観察するように周囲は私を見ていないかもしれない。いつもの私ならそう。決まった道、決まった電車、決まった時間に決まった場所に向かう。その過程で映るものにそれほどの関心は抱かない。けれども、そんな風景の中にもひとつひとつの物語があるのだということをその時だけは思った。
 私はこれから四国へ向かう。万全の体調とは言えないけれど。銀の鈴に集う人々にもそれぞれの目的があってここにいる。大半は私の想像とは違っているだろうけれど。そして、それぞれの物語が当たり前のように進行していく中で交差した瞬間が「今」なのだなって、変な感じだけど、その時だけは思った。
 友人が来る気配はまだ、ない。
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