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2009.04.05 (Sun)

カメラライフ


 前から欲しい、欲しい、と騒いでいたデジタル一眼レフカメラをついに購入した。といっても、実際に手にしたのは1年前。すぐに飽きてしまったら恥ずかしいのでブログに書かないで様子を見ていたのだが、なんとか趣味として定着してきたようなのでようやくお披露目。
 買いました!
 機種はニコンのD40X。新機種が出る直前だったのでお手頃価格で手に入った。そして、初期のころに撮影したのが上の写真。自宅の庭で試し撮りした一枚です。構図はともかく、画質は美しい。
 もっともっと性能のいい機種はあるけれども、私にとってはこれで十分。カメラを手にしてから、いろいろとお出かけしたくなってきて毎日が楽しい。でも、もう少ししっかりとカメラの基礎を勉強したほうがいいのかな、とも思うけど・・・。
 春先になって気候も良くなってきているし、これからますますカメラライフが楽しい季節になってきた。
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2009.04.12 (Sun)

大人になれない子供

 数年前にカルロ・コッローディの『ピノッキオの冒険』を読んだら、思いがけず残酷な話だったので少し驚いた記憶がある。ピノッキオは木の人形だから「今度こそ良い子になります」と何度も反省するのになかなか良い子になれない設定だったのだが、木の人形でなくても良い子になれないのがジェームス・マシュー・バリーの作品に登場するピーター・パンなのだろうと思う。
 子供だからこその純粋さを持ち合わせている一方で、子供だからこその残酷さもきちんと持ち合わせている。
 母親を求める年頃なので、母親代わりのウェンディはとても大切にする。そこがかえってティンカー・ベルを嫉妬させてしまうのに、それがどうしてなのかがピーター自身は理解できない。(ディズニー映画では、タイガー・リリーとキスをしたことに嫉妬したウェンディの気持ちが理解できない一幕もある)フック船長の片手を切り落としてワニの餌にしてしまうというのも考えてみれば残酷だが、物語のクライマックスで丸腰のフック船長をワニの上に蹴り落とすというのは正義の味方のすることとは思えない。相手の気持ちを理解しない点といえば、ロンドンに戻って大人になるというウェンディの気持ちが理解できず、このままずっとネバー・ランドにいれば大人にならなくていいから楽しいのに、という自前の論理を絶対と信じて譲らない点もある。思ったことを思った通りにしたがるわがままな一面もあり、また、突然の悲しみに打ちひしがれてもあっというまにけろりと忘れてしまう心変わりの早い一面もある。そして、彼にとってはそれが永遠に続く。ピノッキオが人間になり、やがて成長して大人になっていかれるのとそこが違う。
 子供の視点から見たピーター・パンはヒーローかもしれないが、大人の視点からは「大人になれない不幸」を背負った子供という見方もできるだろう。
 心理学の用語にある「ピーターパン症候群(by ダン・カイリー)」というのは、こうしたピーター・パン的な性格を抱えたまま大人になった男性のことを示す用語で、その特徴は、言動が子供っぽく、人間的に未熟でナルシズムに走る傾向を持っており、無責任で反抗的で、怒りやすく、依存的で、ずるがしこく、そして価値観が世間一般のものや法律を飛び越している、という点にあるらしい。(ウィキペディアより抜粋)
 ピーターパン症候群になっている人、最近は男女問わず多いのではないかな、と感じる。
 とはいえ、ピーター・パンに欠けているのはたったひとつ、「思いやり」という優しさだけだと私は思う。相手の気持ちや立場を自分のことのように思いやれるということが、精神的にも肉体的にも「大人になる」ということだ。そしてその「思いやり」が行動に移されて世界中に広がったら、世の中はとても平和になるのだろうにね。
 私たちは誰もが、「大人になりきれない」ジレンマを抱えて生きているのではないだろうか。
EDIT  |  19:42  |  TB(0)  |  CM(1)  |  Top↑

2009.04.18 (Sat)

温泉いいかも

 雑誌を見ていたら近くのスパ施設の記事が載っていて、いてもたってもいられず仲のいい友人を誘って出かけることにした。場所は印西牧の原駅近くにある「ヒーリングビラ印西」。
1,500円でお風呂とサウナ、プールが使いたい放題。ほかの施設ではオプションであることが多い岩盤浴も使いたい放題。露天は充実している割に内湯がひとつしかないという欠点はあるものの、一発で気に入ってしまったので、その後は一人でも行ったりして。
 ビュッフェスタイルのレストランでは体に良さそうな食事が用意されている。以前住んでいた横浜の青葉台にも似たような食事を提供してくれるビュッフェがあってお気に入りだった。自然食というのが最近の流行なのだろうか。そんな流行に乗って体にも心にも良さそうなことをしてみるというのが贅沢に感じる。フェイスマッサージもしてもらったが、とても気持ちよくて危うく爆睡するところだった。
 温泉って、いいかもね。
 温泉がいいというよりは、広いお風呂っていいかも、というところかな。
 足を思いっきり延ばして、ぼーっとしているのが心地いい。のんびり食事をして、ゆっくり温泉に浸かって、仮眠をして、また温泉に入って……一日を優雅に過ごしている自分に酔ってしまいそう。
 その後、俄かスパブームが私の中にあって、いくつか都心のスパ施設にも行ってみたのだが、今のところ場所的にも値段的にも質的にもヒーリングビラ印西が一番だ。これからもきっとお世話になることでしょう。
EDIT  |  09:55  |  TB(0)  |  CM(4)  |  Top↑

2009.04.25 (Sat)

追いかけて来てほしい?

 二年間連れ添った失業中の夫を置いて、そして理由を告げることも許されず姿を隠さなければならない事態に追い込まれたら、夫は甲斐性のないのを見限られてしまったと思って諦めてしまうだろうか。
 諦めてくれたら、少し寂しい気持ちになりながらも、これが一番いいことだったのだと自分自身を納得させることができるだろう。けれども、誤解を受けて別れなければいけないのは辛い。だって本当は愛しているから。そして、寂しい気持ちの片隅で、どこまででも追いかけて来てほしいと願うかもしれない。
 貫井徳郎の小説『迷宮遡行』は、失業中の夫が失踪した妻を追いかける物語。暴力団の気配におびえ、親友を殺され、自らも危険にさらされてなおも妻を探し求めるというストーリー。ところが、そこまでして追いかけた妻を最後に自殺に追い込んでしまう。最後の最後で分かり合えず許せず、愛しきれなかったせい・・・と解釈すればいいのか。若干残念なオチだ。
 父親は暴力団の組長。暴力団同士の抗争に巻き込まれて自分の身が危うい。このまま一緒にいれば夫の身も危険にさらされる。これらの事情をすべて、妻が最初に打ち明けておけば、すべての悲劇は起こらずに済んだのかもしれない。けれども、そんなことを果たして告白できただろうか。夫が好意的に解釈してくれるかどうかなど誰にもわからない。その時になってみなければ。
 だからこそ何も語らずにこっそり姿を消すことが、最善の道だったのだと思う。そして、心のどこかで、「彼はきっと私のことを探していてくれるはず」というあり得ない状況を想像して心の傷を慰め、「私のことを忘れないでいてくれるはず」と願う。妻には、そういう感傷的な部分がどこかにあっただろう。
 忘れられてしまうことが何よりも残酷な仕打ちだ。
 私自身、別れた相手が今でも自分を覚えていてくれているだろうかと思うことがある。もちろん四六時中気にしていてほしいとは思わないが、何かの弾みにちょっと思い出して、「ああ、そういえば、あんな奴もいたっけな」と思ってくれたら嬉しい。それが良い思い出として時々蘇ってくれるなら、なおのこと嬉しいのだが。
EDIT  |  11:04  |  TB(0)  |  CM(5)  |  Top↑
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