03月≪ 2008年04月 ≫05月

123456789101112131415161718192021222324252627282930

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
EDIT  |  --:--  |  Top↑

2008.04.05 (Sat)

住みよい環境

 イソップ(アイソーポス【Αἴσωπος】)の寓話を題材に作成されたディズニーのアニメ「The Country Cousin」。イソップの寓話については詳しく知らないが、アカデミー賞に輝いたディズニーの田舎ネズミは大変愛らしく、また微笑ましくて好き。
 都会暮らしのいとこモンティ(Monty)に誘われて大都会にやって来たアブナー(Abner)。田舎では見たこともない豪勢な食事に最初は大興奮だったけど、家の中では猫に狙われるし、家の外では車に轢かれそうになったり、踏み潰されそうになったりと危険がいっぱい。
「やっぱり住み慣れた田舎が一番!」と、最後は田舎に逃げ帰ってしまう。
 この話、なんと言ってもアブナーがお酒を飲んで酔っ払ってしまうシーンが最高に可愛い。初めてのカクテル。そのあまりの美味しさに一気に飲み干して、カクテルグラス(ワイングラス?)の細長い柄に残った最後の一滴をストローのようにチュルルっと吸い上げる。このアニメーションのおかげで、私は比較的最近まで、グラスの柄の部分にもお酒が入れられるものだと冗談抜きに信じていた。
 そして私は今でも、きっとどこかには、柄の部分までお酒の入るグラスがあると思っている。
 ところで、私がネズミだったとしたら?
 さしずめ田舎に憧れる都会ネズミというところだろうか。
 車の頻繁に通らないような空気のおいしい環境で生活したいと思うけれども、24時間営業のスーパーマーケットやコンビニがない生活は絶対に無理。料理はお世辞にも得意ではないので、飲食店が豊富でないと生きていけない。車は運転できないし、電車の待ち時間30分ですでに我慢の限界。
 まぁ、今の生活が一番! ですかナ。
スポンサーサイト
EDIT  |  00:00  |  TB(0)  |  CM(4)  |  Top↑

2008.04.07 (Mon)

 日本の国花は桜か、菊か。
 桜の開花宣言が出された頃に、「桜だよ。昔から『花』と言えば桜のことをいうんだよ」「でも、天皇家の紋章だから菊じゃないかな」という話になり、結局結論が出ないままになっていた。後で気になって調べてみたら、どちらも日本の国花であるらしい。私は桜に一票だ。
 桜の季節になると、柏の葉公園によく行く。それほど大規模に桜が植わっているわけではないが、見ごたえは十分。特に東京大学の柏キャンパスを前にして広がる桜のトンネルがとても綺麗だ。
 桜のトンネルと言えば、常盤平の桜は圧巻。車道の両側で咲き誇っている桜の下を車で通過するのがいい。さくら祭りの季節になると渋滞に巻き込まれて大変なことになるが、例年この祭りは桜の見頃を外すので、一番花の美しい時期には快適なドライブが楽しめるはず。常盤平には桜のトンネルが何箇所かあるので、お気に入りのドライブコースを見つけたい。
 八柱霊園の桜も捨てがたい。桜の本数が多い割に、場所柄人数(ひとかず)は少ないので、のんびり散策するにはもってこいの場所だ。でも怖いので夜は遠慮したい。
 桜の名所は全国至るところにあるが、私が見られず残念に思っているのが弘前公園の桜。昨年の夏に訪れて、ここは必ずや素晴らしい桜が見られると確信している。とはいえ、花の季節は何かと忙しく、気付けば花の色は移りにけりな。「いつか」というのがいつになるかはわからないけど、のんびりと花を愛でる風流人に憧れる。
 年取って引退したら、日々旅にして旅を栖とするような老ひを迎えたいものですよね、芭蕉先生。
 ……そのためにも、貯金だ、貯金! 無理とわかりつつぼやいてみる。
EDIT  |  21:40  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑

2008.04.20 (Sun)

why not!

 気になって調べてみたところ、先月時点の市の人口は10万人を越えていた。
 私が小学生だった当時、社会で一番最初に習うのは「わたしたちの まち」というテーマで、市内の自然から政治から、そして産業についてを勉強したものだった。その一環で市で唯一のゴミ焼却施設に見学に行き、当時の市の人口はもうすぐ7万人だと教わったのを記憶している。地理的には「東京のベッドタウン」と呼ばれる千葉県の北西部。東京駅まで総武線快速で1時間。一番近い東京都まで鈍行でも30分かからない距離だということを勘案すると、この人口の増加率は決して高い方ではない。しかもここ数年10万人を維持している様子だ。市内に住む友人達は、この弱小都市を指して「陸の孤島」と呼ぶのだが、その通りだと私も思う。
 面積も人口もコンパクトな町だ。だからこそ焼却施設も一つで間に合う。
 しかも、当時はとても性能の悪い施設だという話だった。昔からゴミの分別が徹底されていて、それが当たり前と思って育ってきたものの、風の噂では、「焼却炉の性能が悪くて高温で燃やせないから、分別している」ということらしく、「現に隣の市の焼却炉は性能がいいので、ゴミの分別なんてことはやっていない」と言われていた。中学までを市内の公立学校に通った私には実感のない噂話だったが、高校生になって隣の市に通うようになって理解した。お隣はゴミの分別なんてやっていない。
 可燃ゴミ、不燃ゴミ(プラスチック)の別がないだけでなく、ペットボトルも乾電池も一緒のゴミ袋。はっきり言ってショックだった。資源問題が流行りだしてからは分別が始まったらしいが、少なくとも私の高校生活3年間、お隣はゴミの分別とは無縁の自治体だった。
 ゴミ一つをとってもこの有様。お隣と戦争が始まったら、私の市は数日で白旗をあげることだろう。とはいえ、私はこの街がとても好きだ。

 三崎亜記の『となり町戦争』には様々な皮肉が込められている。

 ある日突然、となり町と戦争が始まる。戦争はプロジェクトであり、ふたつの町が「協力」して推進するものだという。戦争に従事しない、いや、興味のない一般人には戦争が一体どこでどのように行われているのかわからない。そもそも何の為の戦争なのかさえわからない。しかし確実に人が死んでいく。
 「ビジネスとして成立する戦争」という皮肉だけではなく、「役所(官)のやることは市民には理解できない。また、同時に市民は役所のやることに興味を持たない」という皮肉。他にも色々とある。私たちは、今の現状に不満の声を上げても、現実を受け入れ受け流して生きている。
 ラジオドラマでこの作品を知ったが、淡々としすぎていて感じるところが何もなかったため、とりあえず原作も読んでみた。映画は観ていないが、観た人曰くユーモアが強すぎるらしいので、私は原作の小説だけでひとまず満足しておくことにする。
 最近になって知ったことだが、ロバート・ケネディ(
Robert Francis Kennedy)にこんな言葉があるらしい。「Some men see things as they are and say, why. I dream things that never were and say, why not.
 現実に「なぜだ」と問いかけるだけで終わらせてはいけない。実現しない夢に向かって「どうして実現しないのか、どうしたら変わるのか」と考え行動する。私たちが見直すべき姿勢なのだろう。
EDIT  |  17:54  |  TB(0)  |  CM(6)  |  Top↑

2008.04.25 (Fri)

写真は騙される

 トリックアート館が那須には3つある。避暑に訪れる人も多い場所だけあって、オルゴールの建物なども多い那須。点在する施設を巡回しているバスがあり、「1日乗り放題」券を買っておけばかなりお得に回ることができる。中でも、トリックアートは子供が1日中楽しめるのでお薦めの施設だ。
 私も遊んだことがある。それも大人同士で。いやいや!
 侮るなかれ。
 これがかなり面白い。だから敢えて言う。
 トリックアートは大人も1日中楽しめるのでとてもお薦めの施設だ。たくさん遊んで、たくさん写真を撮って、家に戻ったら現像してまた楽しむ。いい思い出作りになるだろう。
 那須の3施設のうち、一番ワクワクが多いのが「トリックアートの館」。次いで「トリックアート迷宮?館」。2施設共通入館券は買っても損はない。
 最後の「ミケランジェロ館」についてはシスティナ礼拝堂が圧巻。よくぞ作りましたと脱帽する。とはいえ、こちらの施設は写真を撮って遊ぶという趣旨の施設ではないので、気になる人は入ってみようという感じかな。「ミケランジェロ館」だけの入館料を払うのはもったいないので、「ミケランジェロ館」に行ってみようという方は、是非にも3施設共通入館券で全施設を堪能すべし。
 トリックアートは全国の観光施設にある。かなりコンパクトな施設だが、東京にもある。「東京タワートリックアートギャラリー」だ。こちらも先日、東京タワーに昇ったついでに遊んできた。那須で遊んだ後だったので、若干物足りなさを感じたものの、楽しいことに違いはない。
 まだあのトリッキーな世界に浸ったことのない方。損してますよ!

※写真は那須で撮影したものです。額縁から手が飛び出しています!
EDIT  |  19:11  |  TB(0)  |  CM(5)  |  Top↑

2008.04.29 (Tue)

坊っちゃん

 私の場合、「坊っちゃん」という単語で真っ先に思いつくのは、夏目漱石ではなくて内田康夫。浅見光彦が活躍する旅情サスペンス、『坊っちゃん殺人事件』の方だ。30過ぎの自分を家政婦の須美子が「坊ちゃま」と呼ぶので大変辟易している、という冒頭から紐解かれるこの作品は、漱石の『坊っちゃん』と同じ愛媛で展開され、また漱石の用いた愛称が至るところで使われている。
 本家本元の夏目漱石はと言えば、まだまだ『吾輩は猫である』の余韻覚めやらぬ(てい)の文体。だが、『猫』に続く作品の割に猫より古めかしくて、似たような雰囲気の作品を残した文学者として真っ先に思い浮かぶのは十返舎一九。それでは古すぎるので、せいぜいが二葉亭四迷だろうか。江戸後期から明治初期の江戸大衆文化をそのまま引き継いだような雰囲気を漂わせている。この作品には「勧善懲悪」という評価がついて回っていたような気がするが、悪を懲らしめた「坊っちゃん」と「山嵐」は名声を得るどころか職を失ってしまうし、滑稽と言うよりは世の無常を痛感する作品だ。私にとってはね。江戸の空気をまといつつも、そこはやはり明治のご時世でありんす。大衆受けを最大限狙った上で、それでも書かずにいられなかったアイロニーが込められている。それでも、この時期の漱石が被っていたユーモラス、私は好きだ。
 作中に「うらなり」という人物が登場する。美人の婚約者がいたのだが、上司に横取りされた挙句に転勤させられてしまう哀れな人物。
 強いものには逆らえないが、かといって強いものにゴマをすって取り入ることもできず、非常な仕打ちに粛々と従う。サラリーマンの哀愁を感じさせるこの「うらなり」さん。どこかに確実に存在していそうなタイプだけど、まさにその人、と思うような人に私はまだ出会ったことがない。人間、多かれ少なかれ狡賢く生きているものだと思う。それでも「うらなり」がどこかに存在していそうに思えるのは、人は多かれ少なかれ自分を「うらなり」だと思い慰めているからかもしれない。
 どうにもならないことの多い世の中ですからね。

テーマ : 読書感想文 - ジャンル : 小説・文学

EDIT  |  23:31  |  TB(0)  |  CM(3)  |  Top↑
 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。