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2008.03.02 (Sun)

もんじゃ焼きの極意

 生まれて初めてのもんじゃ焼きは高校時代。店の名前も集まった面子の関連性もまったく覚えていないが、場所は船橋市のどこかで、たぶん、文化祭の打ち上げか何かだったと思っている。
 メニューを見ながら、「もんじゃ焼き食べたことある?」「ない」「それじゃ、食べてみようよ」というノリで注文したもんじゃ焼きだ。誰一人として焼き方を知っている者がなく、出てきた椀の中の具に一同、困惑。お好み焼きの要領でかき混ぜてみたものの、さて、どうしたらいいものか。誰かが一声「土手を作るって聞いたことがある」と言って挑戦したものの、すでに水分が満遍なく野菜と混ざり合ったタネである。土手を作れば作ったその場で決壊していく。いや、そもそも土手ってなんだろうのレベル。
 結局、「ままよ」とばかりに鉄板に流し、「さはれ」とかき混ぜて、「いざ」と食らいついた。誰も作り方を理解しないまま食べたもんじゃ焼きだったが、とても美味しかった。
 生まれて初めての月島は社会人1年目の時で、どこにでも存在していそうな「もんじゃ大臣」が手際よくもんじゃ焼きを焼いてくれた。ははん、土手の意味ってそういうことか!
 ようやくもんじゃ焼きの焼き方を知った社会人1年目の夏。
 同じ年の冬、「道とん堀」で人生三度目のもんじゃ焼き。前に作ってもらったもんじゃ焼きの要領を思い出しながら焼いてみたら、これが驚き桃の木! 土手が決壊することもなく上手にもんじゃ焼きを焼くことができた。私って天才だわ! と自画自賛。
 味をしめて翌々年の春、再び月島へ行った。入ったお店は、「もんじゃ藏」。
 焼くのは任せなさい、と焼いてみたらこれが大失敗。土手が綺麗に決壊していく。うーむ「道とん堀」のあれは単なるビギナーズラックだったのかぁ……。でも、美味しかった。
 下町育ちの母に言わせると、もんじゃ焼きというものは駄菓子屋で食べるものであるらしい。幼い頃、硬貨を握りしめて駄菓子屋の隅にある鉄板をみんなで囲んだのだとか。しかも、「キャベツに天かすに、小エビが入っていたくらいのとってもシンプルなやつ」を、土手を作ることなくかき混ぜて鉄板に流し込んで、またまたかき混ぜて食べたということだ。
 そんな母だから、「もんじゃ焼きに焼き方なんてない」と言い切る。確かに、最後は混ぜて食べてしまうのだから、一理あり、重ね重ね失敗している私には大変ありがたいお言葉だ。
 もんじゃ焼きの極意。
 楽しく食べられる相手と一緒に鉄板を囲むことにあり! と、いうところかな。最後に食べてからまたしばらく行っていないので、またぞろ食べたくなってきた。次こそ土手、決壊させないぞ!
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2008.03.08 (Sat)

薦めたいが勧められない

 古い考え方だと言われたこともあるが、私にはどうしても譲れない倫理観がある。男女の恋愛は一度決めた相手と添い遂げるものであって、その関係を続けたまま別の異性を求めるなんて言語道断。どうしても新しい愛が必要なのであれば、きっぱりとけじめをつけてから始めるべきで、結婚しているかしていないかにかかわらず、そうするべきだと思っている。
 会社から非常に強く進められて日経新聞を読んでいた時期があるが、その頃朝刊を飾っていたのが渡辺淳一の『愛の流刑地』だった。
 新聞に掲載する一日分の文章量などたかが知れている。それなのに毎日きちんと濡れ場が用意されているような作品で、毎朝毎朝こんなものばっかり読まされてはかなわん、もっと面白いものはないのか、と思っていた矢先に映画化が決定した。その宣伝のついでに某キー局のアナウンサーが「これは今、すんごい話題なんだ。とにかく面白い」と評価していたのに耳を疑った。
 世のビジネスマンは、こういうものがお好み???
 私には不倫をして、その不倫相手を殺しておきながらそれを正当化するような作品はどうにも、好きになれないのだがなぁ……。いや、不道徳だからこそ不倫。ちっとも美しくない。
 でも、高橋治の『風の盆恋歌』を読んだときには不覚にも思ってしまった。
 この不倫は美しい。
 裏切られた側に回るはずの家族が良く描かれていないこともあるけれど、ここまで美しく不倫を描かれてしまうと、もうそれは不倫小説と言うよりは、純愛小説と言うしかない。
 愛し合った過去がある。けれども別の伴侶を得て20年間、それぞれの人生を歩んできた。世間に背いているという罪悪感はある。けれども、次に離れることがあるなら死んでもいいとさえ思う。結論から見れば中高年版「ロミオとジュリエット」。その結末はとても切ない。切ないが非常に美しい。
 でも!
 やっぱり不倫はいけないことだと思うんだよね。他の誰かを好きになってしまったなら、きちんとした別れをして、そして新しい人生を進めばいい。不倫だの浮気だの平然とやるような人って、ダメになっても元の鞘におさまればいいというような、どこかに逃げ道を作っているみたいでとってもイヤな感じだ。逆の立場から見れば、はっきりしてもらえずにいつまでも騙されているわけだからさ、結局立ち直る期間も遅くなるし、その分だけ新しい恋を見つける機会をなくしてしまうわけなんだよ、あたしの青春を返せーっ!(ああ、嫌なことを思い出した……)
 ともあれ、『風の盆恋歌』は作品としてもかなり良い。作品の舞台に選ばれた「おわらの祭り」の縦糸が「恋愛」という横糸に巧く絡め取られて、作品の妖艶さを引き立たせている。オススメしたい一冊だ。
 でも不倫はオススメしない。絶対にだ。
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2008.03.08 (Sat)

家に帰る

 殺害された妻の死の真相を追い求める話、と言ったら少々語弊がある。追い求めたのは真相ではなく、愛したその人。真相は愛する人の歩いた軌跡の上に、ただ転がっていたに過ぎない。
 映画『ナイロビの蜂(THE CONSTANT GARDENER)』(原作:ジョン・ル・カレ/John le Carré、監督:フェルナンド・メイレレス/Fernando Meirelles、出演:レイフ・ファインズ/Ralph Fiennes、レイチェル・ワイズ/Rachel Weisz)。
 彼女こそが私の家。この映画の主題はそこにある。製薬会社の人道を外した人体実験や、その非人道的な行為の前に国民を差し出す国家、この大きく深刻な社会テーマに比肩してひけをとらないその愛の深さ。妻は夫を愛していたからこそ、自ら立たされた問題で夫を巻き込まないように秘密にした。そんな深い愛に包まれていた夫は、彼女の喪失と共に彼女の愛の大きさに気づく。
 彼女こそが私の家。私を包み、そして守ってくれる偉大な故郷。
 だから帰る。妻と言う名の家に。彼女が歩いた道を同じように歩き、たどり着いた地で妻と共に眠る。
 映画を見終わった後に、自分にも私を迎えてくれる家があるなぁとしみじみと思った。人生の最も早い時期に、私が10ヶ月ほど住んだ家だ。こんなダメ人間でも、その家はまだ私を見捨てないでいてくれる。失ったら立ち直れないんじゃないかと思う。感謝してもしたりないはずなのに、毎日が不孝の連続。情けない話だ。
EDIT  |  23:18  |  TB(0)  |  CM(5)  |  Top↑

2008.03.10 (Mon)

東京へはもう何度も行きましたね

 週末のたびに千葉の実家から横浜の居宅へ戻るという生活を繰り返していた頃、帰りが遅くなるといつも車を利用していた。夜中にレインボーブリッジを渡り、正面に東京タワーの赤い光を見つけたときというのは、いつでもちょっとした感激だった。
 すらっと緩やかな曲線を描いて天に聳え立つその姿は、華奢な貴婦人がすまし顔をしているようにさえ見える。なかなか昇る機会もなく過ごしていたが、先日ついに念願かなって天空から摩天楼を拝むことができた。
 生憎今にも泣き出しそうな天気だったので、遠くの山並みまでは見られなかったのだが、単細胞の私は童心に返って大騒ぎ。機会があればもう一度是非昇りたいし、次は日曜日の夜にやっているというジャズの音色と華やかな夜景に酔いしれてみたいと思う。是非。

 さて、ただいま私は東京タワーが大変美しく見えるビルの最上階に勤務中だ。改めて東京タワーの美しさをしみじみと感じているこの頃だが、最近は東京タワーを見る度に表題の一節が脳裏に流れる。マイペースの『東京』。この曲をリリー・フランキー原作のドラマ『東京タワー ~オカンとボクと、時々オトン~』でBEGINがカバーしていたので、妙に東京タワーとリンクしてしまった。「東京」という表現が、妙に古臭く田舎臭く、そして懐かしく温かい。
 近隣の都市を含めた東京都市圏に住む人口は3,570万人。ニューヨーク大都市圏の人口1,900万人を遥かに上回る巨大な街ということだ。この巨大な都市を支えているものは、最先端をいく技術だけではなく、こうした古き良き懐かしさにもあるのかもしれない。
 その昔、勤め先から泉岳寺へ丁稚奉公していた時期があったが、その帰りに気紛れからよく三田まで歩いた。その途中に大きな交差点があり、左を向くと道路の延長線上に東京タワーが伸びている。あの感激は今でも忘れがたい。奉公が明ける前に、あの光景を1枚撮っておこうと思っていたのに、結局撮らず仕舞いだ。泉岳寺も三田も私には縁遠い場所なので、もう二度と歩くことはないかもしれない。ちょっと残念だったかな。でもいいか。美しいものは、思い出に留めておく方がなお美しいものね。
EDIT  |  22:59  |  TB(0)  |  CM(4)  |  Top↑

2008.03.15 (Sat)

記憶の影

 小さい頃、叔母に連れられて花やしきに行ったことがある。後にも先にも、花やしきに入ったのはそれきりだ。ディズニーランドのトゥーンタウンに置いてあるような小さなジェットコースターが妙に怖かったのだけを覚えている。それから何年も経って初めて浅草寺に行ったとき、境内から花やしきの建物が見えたので驚いた。こんなに近いとは全く知らなかったからだ。いや、そもそも花やしきが浅草にあること自体、その時まで認識していなかった。
 当時はバスで行ったはずだ。バスを降りたところに露店が並び、千葉の緑豊かな(!)田舎で育った私には、その汚らしさと活気とが異様な空間のように見えた。後にして思えばその空気は上野のそれに似ていたと思う。当時は、上野もちょっと異質な世界として私はとらえていた。
 額縁に飾られた絵を売っている露店があった。そして、その中に私が手に入れた一枚がある。ポール・デュカス(Paul Abraham Dukas)の「魔法使いの弟子(L'Apprenti sorcier)」。この魔法使いの弟子に扮したミッキーマウスが描かれた映画『ファンタジア』の絵だ。
 断崖の上に立ち天を指差しているその姿は、まさに天空の星々を煌かせようとしているシーン。絵には描かれていないものの、断崖の下には魔法によって荒れ狂った波があるはずだ。
 この絵を持ち帰ったとき、母にひどく悪趣味だと言われた。パール系の紫色一色で描かれた絵が、母の美意識にはそぐわなかったのだ。確かに、浅草の露店で購入した胡散臭さがその絵にはあった。とはいえ、その絵はその後しばらくリビングに飾られていた。家のリフォームをするまでは確かにあったから、私が大学生になるまで飾られていたことになる。
「結局あの絵、どうなったの?」
「あれ? 捨てちゃったわよ。あんな悪趣味なの」
 というわけで処分されてしまった悪趣味な絵。すでにこの世に存在しなくなってしまったものであるのに今でもあの絵の内容が鮮明に思い出されるのは、毎日のように見て慣れていたからなのか。だが、リフォーム前の我が家の内装はすっかり忘れてしまって思い出せない。ということは、毎日見ていた異質なものだったからなのか。
EDIT  |  00:40  |  TB(0)  |  CM(7)  |  Top↑

2008.03.22 (Sat)

PASMO

 PASMOが導入される直前だったかされた直後だったかに、某私鉄系列のシステム会社を訪問したことがある。タイムリーな話だから当然のようにPASMOのことが話題になった。
 その少し前に仕事の関係で参加したセミナーでは、Suicaが既存のクレジット業界に波乱を巻き起こすだろうと警告され、当時はまだ信販会社の社員であり、まだまだこの会社で頑張っていく気でいたので、「勘弁してよ」と思ったりした。まだまだPASMOの「P」の字も世間で認知されていない頃だったけど、Suicaが私鉄の領域にまで踏み込んでいくこと、つまり私鉄もIC切符・決済のサービスを開始することを知っていたので、融資事業を縮小させるしかない昨今の情勢の中で、どうやって決済の分野で生き残っていく気なのだろうこの会社は、と生意気にも考えたりしていた。
 個人的には、イオカードとパスネットの相互利用ができないことに不便を感じていたので、1枚のIC切符でJR、私鉄相互の精算ができるようになることは歓迎だったけど!
 けれども、サービス開始直後のPASMOは、便利さよりも不便さの方が若干目立ったように思う。
 IC定期券が3路線にまたがっては購入できないとか、オートチャージが、鉄道関連会社の発行するクレジットカードに限定されるとか。Suicaがじわじわと利便性を認知されだしてきたところだったので、PASMOに「それ以上」を求めてしまったから、余計にその不便さが気になった。PASMOにできることはSuicaにもできて、PASMOでできないことがSuicaでできたりして、だったらSuicaの方がいいなぁ、と思ったのが正直な感想。
 とはいえ、PASMOも少しずつサービスを拡大してきている。
 今月からIC定期券が購入できる路線の範囲が拡がった。(とはいえ、私はそれでも相変わらず磁気定期券とIC定期券の2枚使いなので)、この調子でもう少し範囲を拡大させてもらいたい。今持っているPASMOにオートチャージが付与できるようになった。プリンスカードを持っているので、今度申し込む予定。

 それにしても、私の財布の中はクレジットカードで溢れかえっている。ブランドもVISAMASTERJCBは一通り揃っているし、イシュアもセゾンジャックス……とラインナップは豊富。おまけに、SuicaもPASMOも持っている。Edyも持っている。それぞれ特典があったりするので使い分けてはいるのだが、個人的にはカードは一枚で総てが賄えたらいいなぁ……と。一枚のカードで電車にも乗れて、買い物ができて、そしてパスポートや保険証、診察券、さらにはいろんなお店のポイントカードになってくれたら、私の財布は大変軽くなるのだが。
 なんとかならないかなー……。
EDIT  |  16:06  |  TB(0)  |  CM(9)  |  Top↑
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