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2008.01.07 (Mon)

デパ地下は地下にあるもの

 地上にデパ地下がオープンしたという話。いやいや、デパ地下は地下にあってなんぼのものだろう。しかも、デパ地下しかないとのこと。一体どういうことだ。
 流山に高島屋のデパ地下がオープンした、と何となく耳に入った言葉を繋いで一人問答。地下にあったものが地上に出てきただけの話なのだろうが、そういう風に聞くとどうにも気になってくる。話の種に一回くらいは行ってみようと思っていたものの、流山という場所は近いようで遠い場所。事のついででもないと行くような場所でなく、なかなか機会に恵まれずにいたが、たまたまた柏の葉公園に行くことになったついでにようやく念願成就。桜が満開で綺麗な時期のこと。
 百聞は一見にしかず!
 噂を鵜呑みにしていた私は、本当にデパ地下だけのショッピングセンターなのかと勘違い。この目で見なきゃわからないものだね。実際にはデパ地下のみならず、衣料品店もレストランも普通に入っているショッピングセンターだった。その名も「流山おおたかの森SC」。なかなか広くて快適。この中に、高島屋がデパ地下に並ぶような店舗だけを集めた「タカシマヤフードメゾン」がある。
 デパ地下、大好き!
 ショッピングの楽しみはデパ地下にあると言っても過言ではないほど、私はデパ地下が好き。いや、それは過言だが、好きだ。美味しそうな食べ物を見て歩く楽しみは、何にも代え難い。もちろん、楽しんでいるに留まらないので、毎度スポーツジムに通うハメになっているのだが!
 ねり伝のお弁当を購入し、パステルのプリンをぶらさげて、いざ柏の葉公園。満開の桜が咲く公園で、たまたまやっていた野外ライブを聴きつつ頬張ったねり伝のお弁当は、最高だった。
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2008.01.14 (Mon)

できなくなると、やりたくなる

 人生で一番最初のインフルエンザは幼稚園の時だったと記憶している。風邪をひいて診療所に行き、そこの医者に「どうもインフルエンザのようだな」と言われた。言われただけで、もらった薬は風邪の時に毎回処方されるものだったし、症状もいつもの風邪と変わらず。おかげで何年か経ってから、「世間が騒ぐ割にはインフルエンザなんて大したことないよね」と誤解するようになった。
 人生で二度目のインフルエンザは、去年の春。
 最初は咳や鼻だけの風邪だと思っていた。けれども、発熱したことに途中で気付き、続けて寒気。「こりゃ、本格的に風邪をひいたな」と思っていたところ、急に全身の筋肉が痛くてだるくなってきた。それはたった1日の間のできごと。世間が騒ぐインフルエンザの症状にそっくりだった。翌日診療所に行ったら、検査するといって鼻の中に棒のようなものを突っ込まれて苦しい思い。前にインフルエンザが疑われたときには、こんな検査はしなかったのだがなぁ……。結果は、正真正銘のインフルエンザだった。
 いや、インフルエンザって苦しい!
 3日間床に伏して、4日目に復帰したけど、体重が喜ばしいことに数キロ落ちた。悲しいことに一週間後には元に戻っていたが、それはさておき。
 人間、できるときには「いつでもできるから」と何もしないくせに、できなくなると途端に色々とやりたくなるものらしいということもその時判明した。3日間何もできない状態が続いたら、急にあれもこれも買わなきゃいけないんだった!という衝動に駆られ……とはいっても、どれも今日明日というほど急いでもいないし、とても些細な物。
 まず定期。そろそろ切れる。
 フェイスペーパー。もうすぐ、なくなるかも。
 本。最近読んでいない。
 天井ばかり見ていると、「買わなきゃなあ」とぼんやり考えていたものが、急に「やらねば」という義務に変身。何もしたくない、何もしたくないと思いながら、本当に「何もしなくていいよ」と言われると途端に不安になるように、人間ってどこかで負担を求めているんじゃないかしらんと思った。……で、どうしたかって?
 復帰1日目はまだ不完全復帰だったこともあり、早めに帰宅。
 まだ期限は一週間も先なのに、帰りに定期を継続させた。残りがたくさんあるのにフェイスペーパーも買った。結局、使用中のフェイスペーパーはその後1ヶ月も保ったけど!
 ところが本だけは買い忘れたおかげで、翌日も読む本が何もなかったりした。
 やはり人間、何かひとつくらい抜けているのが丁度いいのだって。……って私は抜け過ぎか……。
 ともあれ、暖かいかと思えば急転降下で寒くなるこの頃。お隣の国で鳥インフルエンザが人から人に感染したとかしないとかそんな不安なニュースが流れたりもするが、今年はインフルエンザに罹らないよう自愛しようっと。
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2008.01.21 (Mon)

思い込みで失敗のこと

 きいろいのは ちょうちょ
 そう言って、少年は虫取り編みを振り下ろす。黄色い蝶を探して少年が振り下ろした網の中にはいつも、黄色いけれども蝶ではないものが入っている。けれども、少年は懲りずに何度も繰り返す。黄色いものは蝶だと信じて、何度も、何度も振り下ろす。やがて少年は諦める。
 きいろいのは ちょうちょ じゃない。
 何しろ、一度も黄色い蝶を捕まえることができなかったから。黄色いのは蝶ではないのだ。そうして黄色い蝶探しを諦めた少年の横を、今度こそ黄色い蝶が飛んでいく。けれども、少年は最後まで気が付かない。
 五味太郎の絵本『きいろいのはちょうちょ』。
 私が大好きな絵本のひとつ。次に少年がどんな黄色いものを捕まえるのだろう、とわくわくしながらページをめくった昔がとても懐かしく、「きいろいのは ちょうちょ」というフレーズが、今でも事あるごとに頭の中で反響するほどだ。黄色いのは必ずしも蝶とは限らないのに、絶対に蝶であると頑なに決めつけて行動するのは何も少年に限ったことではない。私たちはいつでも固定観念に縛られて生きているし、それが時に偏見となって摩擦を生み出すことさえある。広い知識と柔軟な発想があれば、世の中には一つの事象が必ずしも一つの結論を導くものではないという素晴らしい可能性の扉を開くのだろう。が、偏屈と偏見に雁字搦めにされた俗人の私であるので、何を書いても説得力がないのが悲しい……。
 そうそう、つい最近ミートソースが無性に食べたくなった時のこと。赤いトマトジュースを買ったつもりで家に帰ったら、赤い野菜ミックスジュースが袋の中に入っていたということがあった。トマトジュースをベースにしているジュースだったのでかなり際どいミスだったと自分では思いたいのだが、やはり野菜ジュースは野菜ジュース。これではミートソースは作れない。この手の野菜ジュースは購入する習慣がなく、てっきり赤い飲み物を買えば漏れなくトマトジュースに当たるものと勘違いしていたのが原因だった。赤いのはトマトジュースではあるものの、必ずしもトマトジュースとは限らない。パッケージはきちんと見ないといけないのね、ひとつ勉強した。それ以後気をつけるようになったが、人は失敗しないと注意深くはならないものなのだとも思った。
 数年前のことだけど、とある有名な観光地で買った菓子の消費期限が一年も前のものだったということもあった。1年前の日付が記載された消費期限シールの上に、数ヶ月先の日付が記載された消費期限シールが貼ってあったのだが、買うときにそんなところまでは確認せず。店頭に並んでいる物、当然消費期限は未来のものに決まっているというこれも固定観念。今は至る所で偽装が問題になっているけれども、私はこの苦い経験以後、消費期限というものをあまり信用しなくなった。とはいえ、こういう疑心暗鬼はあるべき姿ではないかもしれないが、失敗に学ぶことは色々と多い。
 ただ、失敗に学んだことが間違っているということもある。絵本の少年は何度も黄色い蝶探しに失敗し、結局は「黄色いのは蝶ではない」と結論づけてしまう。すぐそこに黄色い蝶が存在しているのに、成長の軌跡の上にはひとつの壁が築かれて、今確かに存在しているものから目を背けてしまう。「そこにいるよ!」と幼い読者は少年に呼びかける。けれども、少年は最後まで黄色い蝶に気付かない。
 夢を諦めて、すぐそこに確かにある「宝物」を見失うのが大人だけど、そんな夢のない大人になったらダメだよ、作者はそう言いたいのだ。
 もちろん、夢を見つけるのは架空の少年ではない。何度失敗を繰り返しても諦めずに探し続け、そして目的地へたどり着くのはほかでもない、「ほらそこに蝶がいる!黄色い蝶は確かにいる!」と叫んだ、幼い読み手たちなのだ。
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2008.01.28 (Mon)

無限を包む

ひとよひとよにひとみごろ
ふじさんろくにオームなく
サインコサインなんになる
俺らにゃ俺らの夢がある

 「数」という名の言葉を聞くと、何よりも先に思い出すのが高石友也の『受験ブルース』。私はこの曲を聴いてあの苦しい大学受験を乗り切った世代、では勿論ないのだが。高校時代、数学の時間に教師が急に歌い出したのがこの曲で、以来事あるごとに「サインコサインなんになる」というフレーズが脳裏を渦巻く。結局、サイン(sin)もコサイン(cos)もタンジェント(tan)も役に立てることのできない大人に成長してしまった現実に、サインもコサインも何にもならないという結論を導くくらいか。
 そもそもが数を取り扱うこと、生まれつき苦手ときている私。中学数学は何とか乗り切ったものの、自然数、整数、有理数、無理数、実数、虚数、複素数……何なのさ!と匙を投げて高校数学はボイコット状態。特に虚数とか複素数という神の領域にあるとしか思えない「異次元の存在」を前にして、私の答案用紙は常に白紙の状態だった。恥ずかしい!
 ところでルート記号(√)というものは、私が拒絶した異次元の数字も受け入れてくれる記号であるそうな。小川洋子の『博士の愛した数式』によると、この記号は「無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」記号であるとのこと。ルートはとても「賢い」記号なのだ。確かに1.14…と無限に続く数も2の上にルートを冠することですんなり納まるし、虚数も-1の上にルートを冠することで姿を現す。この寛大な記号のような男性に自分も巡り会いたいものだ、とこれまた余計な邪念を抱いたことは内緒にするとして、素直に数の美しさに触れたと思う。そして、純粋に「数」を愛する博士の大らかさに心が洗われる。学生時代に、『博士の愛した数式』に登場する博士のような教師に巡りあえていたら、少しはこの人生も変わっていただろうか。
 人の生き様というものは、人生という長い道のりの何処で、誰と、どのように出会い、そして何を感じるかに因ると思う。人生に影響を与えるような人に巡り会えた人、その人は、とても幸福な人に違いない。
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